昼行燈特別号
  伊勢町に残る標号
 さーけんせってみね会  

 

 
 平成9年8月頃から11月にかけて、原勝巳が調査した伊勢町の各商家に古くから残るシンボルマーク
(標号)、(商号)を一覧表にまとめてみました。
(順不同 敬称略)
昔から商売家はいわゆる家紋とは別に、商売上のシンボルマークをつくって使用していたようです。(むろんその伝統は今にも受け継がれています。)
 伊勢町の中を調査しただけで結論的なことはいえませんが、その形を大別すると次の六種類に分けられます。
 
       1. 丸(マル)     「〇」
      2. 山(ヤマ)     「∧」             
      3. 矩(カネ)     「┐」
      4. 井桁(イゲタ)   「♯」
      5. 枡(マス)     「□」
       6. その他
 
 辞書によるそれぞれの標準的な意味は次の通りです。
  1.丸(マル)  丸い形 正しいこと 間違っていないこと 金銭の隠語 欠けたところのないこと         全きこと 数が満ちること
  2.山(ヤマ)  平地より高く隆起した地 うず高く盛ったもの 山の形に盛り上げたもの
        物事の多く積み重なっていること 物事の絶頂 最も肝要な部分 万一の
        幸いを願ってすること
  3.矩(カネ)  かねじゃく 真っ直ぐなこと 直線 直角
  4.井桁(イゲタ)   井戸の上部の縁を木で「井」の字の形に四角に組んだもの
  5.枡(マス)  液体などの分量を計る器 木製または金属製で方形または円筒形
        普通には一升枡をいう
 
 以上を参考にして商売の標号として使われた場合の意味を推定してみます。
  1.丸(マル)は正しい間違った商売をしない。すべてを丸く収めたい。
  2.山(ヤマ)は商売によって家が発展しその絶頂をきわめたい。
  3.矩(カネ)は商売が曲尺のようにまっすぐで手本となるよう。金(カネ)とかけてある。
  4.井桁(イゲタ)は大切なものを汲み上げる枠組みである。また水利権の象徴。
  5.枡は(マス)はものを汲み上げる基準となる大事なもの。益々(マスマス)とかけてある。
 
 つまりは商売をやるには曲尺のように真っ直ぐで、曲がったことはしない、また世の手本となるような気持ちを持っておこなえば、枡で井戸から水を汲むがごとく金銭がたまり、家が山のように隆勢し、すべてが丸く収まる。というようなことであろう。
 
 

 


標 号
 

よ み
 

屋 号
 

 当 主
 

由    来
 


マルマン

 萬屋
(ヨロズヤ)

丑沢義定
 (68歳)

塩・たばこ・精米を商う 義定氏の祖父が萬吉といいその名から由来


マルシチ


 

高野雅晴
 (48歳)

雅晴氏の父が七郎氏で その名より由来
たまごの買い付けをしていた


マルタ
 

丸田農薬
 

丸田喜六
 (54歳)

先代の丸田正巳氏が須坂より小布施に来て農薬屋を開いたとき名字丸田を使用

 

カクタ
 

高野油屋
 

高野芳郎
(58歳)

三代前の新太郎氏が松村で油屋を始め、その「太」より由来 ハッピに染めて使用した

 

カクタ
 

高野油屋

高野勝行
 (55歳)

高野芳郎家より分家に出、油屋を引き継ぐ
 (種油)




 

マルガメ


 

岡野醤油味噌屋


 

岡野亀三
 (79歳)



 

岡野氏の実家は松村で宿屋(商人宿)を営み
その名を丸亀旅館といった 男兄弟3人の一番
下なので亀三という名をもらう 標号は実家の丸亀をもらい現在でもりんご・ぶどうの出荷に使っている



 



 

三河屋
(ミカワヤ)
 

吉田春雄
 (87歳)
 

先代は愛知県吉田村の出身で牟礼村にて商い
始め三河湾の三河を屋号にとり三河屋とする小布施村に分家にでて今に至る




 

マルカ

 

喜市商店(酒/たばこ)
 

小林正信
 (69歳)


正信氏の祖父が喜市氏である 正信氏の先代が松村の丸亀旅館に奉公した後のれん分けをしてもらうことになり 丸亀の「亀」をもらい「亀屋」としようとしたが隣が「亀屋染物屋」だったのでつけられず「亀」の「カ」のみ使って現在に至る


 

マルシメ



 

中山哲夫
  (55歳)
 

哲夫氏の父が貫治氏 重さの単位で 「貫目」
があり「〆」とも書くのでそれにあやかる

 




 

田中機械

 

田中善太
(83歳)

善太郎氏の父貞三氏が機械屋を始めた時の標号でこのイゲタは田中の「田」を意味し、その中に貞三の「テ」を三つ入れ標号とした




山屋天平堂
菓子製造
 

赤川七郎
 (79歳)





 

柳沢京子作の切り絵を標号とした
自然を大切に郷土菓子を作っていくという思いが込められている
東京で勤めていた会社(白馬山)の山をもらい山屋として開業したが、商売の浮き沈みの中新発想、新製品を開発したときにさらに店が躍進する思いを込めて高度な文化が爛熟した天平時代に因んで 山屋天平堂とした



 

カクイ

 

芋川材木 店

芋川順一郎(67歳)
 

順一郎氏の祖父(直一郎氏)が材木屋を始めたとき(昭和5年頃)芋川の「イ」をつけた標号



 

ヤマツ

 

赤井製粉

 

赤井直二 
(80歳)
 

直二氏の妻(るい)さんの祖父(継治氏)が水車を使って精米所を開いたときに つくった標号


 

ヤマア
 


 

深谷 
 (72歳)

亘氏の祖父(浅治郎氏)がつくった標号
かって木こりをしていた


 

ヤマサ
 


 

酒井治作
(87歳)

 治作氏の4代前から(安政元年頃)つけられていた


 

ヤマナカ


 

中山 廣
 (77歳)

  農業・不動産業 昭和27年頃につくった標号 カネタマルと二つある


 

ヤママル
 

関谷商店
 

関谷 実
(48歳)

 実氏の祖母が商いをしている頃からあった
 炭屋・糀屋・傘屋・帽子屋



ヤマコ




 

穀 平




 

小山洋史
(44歳)



 

 天明四年 穀屋平左衛門が創業その頃からか もう一つは87年に小山洋史が商いの新しい展開のために、店舗改装を兼ねてつくったもので信州の自然と街、人の和を「平」に表した
 


ヤマセ
 

関谷木工所

関谷昌宏
 (60歳)

(建具屋) 昌宏氏の父(梅太郎氏)が木工屋を始めたときにつけた




 

三井建設
 

三井 勝
(65歳)

 三井家の家紋に三井の「三」を入れた
 



 

寿々喜華壇

鈴木寿江
(59歳)

以前庭にサツキが一面にあったのを象徴したが今は「丸に栗四つ 」を使用




カネマ


マルツネ
 

関谷組
(紺屋)



 

関谷初雄
 (82歳)



 

初雄氏の先代は今の古川木所の辺りで染め物屋をしていた その当時の標号 
下は現在総合建設業を営む関谷組の標号
 鳶職をしていた先代の常吉氏に由来

 


 

マルサ
 

澤 屋
(蕎麦)

上沢健爾
(54歳)

 健爾氏の父 籐四郎氏まで当時の県道端で
鉄道開業まで蕎麦屋を営む


マルキン



 

千代菊




 

栗原英次
(55歳)



 

 英次氏の父(金治氏)が大正14年に山王
島で菓子屋を始めたときに金治の「金」をつかいマルキンとした ここ数十年使用してなかったが両親がなくなったのを期に思いを込めて最近よりまた使い始めた

 
 
 
 
〔あとがき〕
 平成9年度の分館報に載せた標号クイズの解答の発表が遅くなってしまい、年度がかわってしまいました。またこれだけのものを分館報に載せるには載せきれないということで、「昼行燈」を利用させていただきました。
 調査に伺ったときには本当に気持ちよく御協力いただきました皆様に、改めて厚く御礼申し上げます
 最後に、 どんなものでもその家に残るもの、それは自ずからその家の歴史を物語ってくれる。ということをあらためて痛感し勉強になりました。
 誤り、ご意見または新規情報ございましたらご一報いただければ幸いです。
                               平成10年2月吉日     
                                   連絡先 247-3025 原  247-5139 小山 
                                         さーけんせってみね会